生活

某テスト氏の生活

今後の生活

 

日記を書けなくなっており、別に忙しいのかと言われるとそうでもなのですが、

僕という存在者は日記を書くのに適していないような気がしています。

そんなことは前からわかってはいたのですが。

 

ここ最近、仕事以外は多く満たされていて、僕がそんな少しの幸せも許されるような存在者ではないということが手に張り付いて剥がれないものだから、ある種の不安や居心地の悪さみたいなものを感じていて、どんだけこの存在者はめんどくさいのだろうとあきれている。僕が救われる方法は一つしかない。そんなことはわかっている。

 

 

残したい生活はあるのですが、実際書くか(公表するか)というと微妙みたいなことが多いので、あまり進みません。なので、忘れたくないことは脳に叩きこむことにします。

 

生活を閉じてもよいのですが、あちらの円環に書くほどのことでもないような、このようなことを書きたくなったら、日の記しという形式を破壊して書けばよいのかもしれません。

 

兎角、僕の体内から形而上学が死んでゆくのを感じています。

それはあまり考えなくなってしまったというだけの話に過ぎないのですが。

 

とはいえこちらの自分とあちらの自分のどちらが本当の自分なのかということについては、あまり考える意味もなさそうです。

 

いきなり生活を閉じることもあるとは思いますが、あちらの円環は閉じないと決めています。

 

僕は、僕がどれだけ不幸かを書くよりも、僕がどれだけ幸せかを書くほうが、気味が悪いことのように思われた。