生活

某テスト氏の生活

0509_2017

 

0640:起床 睡眠不足。

 

フランスの大統領がマクロン氏になっていた。

 

出勤。只管に眠い。仕事は順調。この先は不安。少しだけ残業をする。

退勤。

 

いつも通りT駅喫茶店に入る。ナンシーの「無為の共同体」を読む。

昨日も思ったが、バタイユのシンポジウムと交差しているのだ。当たり前だが。

シンポジウムで、バタイユってこんな感じなんだっけということを思った。僕の思想と近しいものをバタイユに感じるとは思ってもみなかった。今何か近いものを感じている。これはナンシーのバタイユ解釈を通してバタイユが現れるということによる、バタイユの優位なのだろうか。不在の有。または自己に回帰することのない、関係それ自体。非-我有化における自由。"コミュニケーションの場"それ自体。ナンシーがこれに対する言葉を探しているが、この言葉はマリオンの"呼び求め"と同じではないのか?”コミュニケーションの場"それ自身よ。直観としてヘーゲルを読む必要に駆られている気がする。しかし、なんというのか、どう考えても支配者は存在者の存在であり、大いなる場であり我々は存在の要請からしか現象しない存在者でありそういった存在者でしかないのであるという思いが強い。僕はここに希望も見なることもなければ絶望を見ることもない。だが僕はとてもわくわくしている。

 

ビタミンCが家に届いていた。喫煙しつつビタミンCを摂るなんてと思いだろう。永久機関みたいでいいと思う。君は知っているか、神保町に薬局と煙草屋が融合している店があることを。